スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小玉石を巡る冒険 その15

玉を奉じる水の巫女

美都多麻比売命。
守達神の御子にして、児玉彦命の妃神である。
守達神は、しばしば十三柱に列せられる諏訪御子神。
児玉彦命については……シリーズ初回を参照願いたい。

まずは「美都多麻比売」の読み方だが、その父、守達神を主祭神として祀る守田神社(長野市七二会)の境内社に高科社と瑞玉社が(かつて)あり、それぞれ系譜に見る守達神の御子、高志奈男と美都多麻比売に対応する。「瑞」は「瑞垣」「瑞々しい」の「みず」なので、「美都」と一致し、読みは「みずたまひめ」となる。
記紀最古の水神であるミズハノメは、本来「ミツハノメ」だったのが「ミズハノメ」に転訛したもので、その表記バリエーションには「水波乃女」「美都波能女」などがある。このことから、美都多麻比売の「美都」も水を意味する可能性が高そうだ。

つまり、まあ……美都多麻比売は「水玉姫」という理解で、おおむねよいのではないかと思う。ゆえに私は、いつも草間彌生(長野県出身!)を連想してしまうわけだが、いうまでもなく古代に「水玉模様」という概念はない。要するに、美都多麻比売が「水」と「タマ」を神格としているであろうことをいいたいのである。

前回紹介した馬背玉依比売との関連について、とりあえず音の面だけ見ておくと、「マセタマヨリヒメ」と「ミズタマヒメ」は、それなりに通じるようでもあるが、逆にかなり苦しい気もする。それでもまあ、「イズハヤヒメ」が「アイズヒメ」になってしまう世界なので、あり得ないとまではいえないだろう。

さて、玉依比売命神社の児玉石神事を知ったとき、私が直感的に思いついたのが、

玉選り姫……?

ということである。「魂に依る」のではなく、「玉を選(よ)る」姫。
すなわち、「石並べ大明神」。
ま、基本的には言葉遊び、他愛ない思い付きだ。しかし、磯並社から始まった比較検討の中でひとつの「型」を見出したことによって、単なる思い付きでは終わらなくなってくる。
その「型」というのが今回のサブタイトル、「玉を奉じる水の巫女」である。

児玉石を奉じる磯並大明神 ← 祭神・玉依比売

小袋石を奉じる磯並社 ← 祭神・玉依比売

石の神・児玉彦 ← 妃神・美都多麻比売


これが今回の発想の根幹である。
「玉尾社/興玉命=児玉彦命」の仮説を是とし、児玉石神社本殿内の石棒・丸石群を「児玉石」と解釈したとき、この「型」は決定的に強化される。
詳しくはこれから順を追って説明していくわけだが、まず、「神話における"神の妻"とは、多くはその神を奉じる巫女を意味する」ということを確認しておきたい。それはまた、「一般名詞としての玉依比売」の性質そのものでもある。
そして「守矢家の祖神である児玉彦(と、その妃神)は、本来、守矢家の拠点に祀られていてしかるべきではないのか?」という疑問も、重要なポイントとなる。

気付きの端緒は、ふとしたきっかけから改めて児玉石神社を見に行ったこと。そこで改めて由緒書きの玉屋命に気付き、「これはおかしいぞ?」と思ったこと。
玉屋命は勾玉の神、勾玉といえば玉依比売命神社の児玉石、児玉石といえば……あれ? あれあれあれ?
というわけである。

児玉石神社の項でも書いたが、おそらくは江戸末期から明治初期にかけて、国学者(同時に神官でもあったろう)の某かが児玉石神社の祭神を改めた際、聞いたこともない美都多麻比売の名を、国学的権威のもとに玉屋命に書き換えたのではないか、私はそう推測している。そこで某が、どんな理由をもって玉屋命を選択したのか? 児玉石神社の信仰背景をどこまで知っていたのか?
だから最初は、玉依比売命神社の児玉石との関連から「児玉石=勾玉」なのではないか?という仮説から思考が始まった。
調べていくうちにその考えがどう変遷したのかは……もうおわかりいただけるだろう。

児玉彦の妃神が「タマ」の音を持っていることの意味を、改めて考えてみる必要があるのではないか。単なる美称だろうと言われれば、確かにその可能性もある。しかしここに至っては、神話的意味、象徴を読み取れる可能性を強いて放棄すべき理由はない。
最初から児玉彦とのペアで観想された神であり、単純に児玉彦から「タマ」の音をもらっているだけだ、という考え方もできる。しかし、であるならば、その名は「児玉比売」で問題ないはずである。豊玉彦/豊玉比売、級津彦/級津比売のような例は枚挙にいとまがない。
ということは、やはりこの比売神そのものが、最初から「タマ」の神性を持った神として観想されていたのではないか。
それが「魂依り姫」なのか「玉選り姫」なのか、いずれにしても、だ。

この「型」に関する仮説はひとまずここまでとして、次のステップとしては、「松代の玉依比売=諏訪の玉依比売=美都多麻比売」であるという具体的な根拠を示していくことだ。
とりあえず、「松代の玉依比売=諏訪の玉依比売」については、まず決定的な「磯並」の名があり、付随していくつかの根拠を示してきた。ゆえに、今しなければならないのは、まず第一に、美都多麻比売という神についてより多くの情報を示すことであろう。

そこで次回からは、系譜と出自の上から、改めて美都多麻比売という存在(もしくは概念)の意味するところを検証していきたい。

ここからが大詰め、ここからがいちばん説明の難しいところで……逆にいえば腕の振るいどころなのだが、その前に必要な前提知識として、美都多麻比売の「父上」と「ご実家」とをご紹介しておこう。
形式上、いったん「小玉石を巡る冒険」を離れ、久々の「御子神十三柱」と神社参拝レポートということになる。
……のだが、この2項目については、今のところほとんど手が付いていない。ここ数回、下原稿のストックを吐き出す形で連発して来たが、次回は少々間が開くかもしれない。開かないかもしれない。

(数回飛んでから、つづく)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

LooseFrog

Author:LooseFrog
基本的に怠惰で、社会人として問題の多い中年男です。
でも、興味の対象には嬉々として食いつきます。

loosefrog★gmail.com
(@に置き換え願います)

デタラメやカン違いや不適当な素材の使用等ありましたら、ご指摘ください。
もちろん、助言や感想も歓迎いたします。

***

字が小さいとの御指摘をちょくちょくいただきます。
P盲な私がいまさら細かいところいじるとワヤになりそうなので、ブラウザの拡大機能の使用を推奨いたします。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

検索フォーム
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
リンク
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。