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絶対秘仏萌え! その4

謎の浅草寺本尊3

てなわけで、やってきました、浅草へ。

仲見世

仲見世は相変わらずの賑わいです。中央の垂れ幕がおわかりでしょうか?
「浅草大観光祭 慶祝 観音堂落慶50周年記念」と書かれています。

「大観音祭」じゃなくて「大観光祭」なのね……。

宝蔵門

堂々たる宝蔵門。本来は仁王門なのですが、昭和の再建時、楼門上を収蔵庫にしたため、宝蔵門と名付けた由です。
「雷門スルーかよ!」と言われそうですが、ま、参詣紀行文が目的じゃないので、どんどん行きます。

ここには、
「本堂落慶50周年 記念開帳 平成20年10月15日~11月16日」
と、掲げられています。
そうそう、これが目的なのよー!と、気分も高まってきました。

ちなみに、お前立ちは年に一度の12月13日、すす払い行事の一環として、法要中のみ開扉されるそうです。いわゆる「虫干し」の建前に類する感じですね。が、時間も短く(なにしろ観音経を読む間だけですから)、厳かな法要中のみの開扉ということで、とても自由に見られる状況ではない。一般客相手にあけっぴろげに公開する機会は、やっぱり貴重といえるでしょう。
御開帳のタテマエは、原則33年に一度(観音様の定番)、ほかに、今回のような特別大きな祭事のときにも臨時開帳がある、ということになっているようです。
前立仏なのに33年に一度って……形の上だけなら善光寺よりはるかにうわ手ですな。

結縁の紐

さあ、「回向柱」が現れました。
……電柱みたく、結縁の紐を経由する柱があるのね。知らなかった。

この、御開帳と切っても切れないシンボルとしての回向柱も、浅草寺と善光寺の共通点のひとつです。今となってはあちこちの御開帳で見られる風景ですが、もっとも有名なのはやはりこの2寺で、他の多くの例はこの2寺の模倣と思われます(※注1)。

ただ……ルーツがどこにあるのか、いつごろに起源があるのか、そこがわかりません。ちょっとだけ調べてみようとしたんですが、本格的な資料検索スキルなど持たぬ素人のこと、あっさり挫折しました。
わかったのは、奈良時代の『日本霊異記』に、仏像に縄を繋いでそれを引きながら祈るという形式が何度も出てくるということ、それと善光寺の場合、「江戸の再建以降、回向柱は松代藩が調達するようになった」そうなので、「少なくとも江戸の再建以前から御開帳時には回向柱を立てていた」ということくらいです。

もちろん、この柱自体は卒塔婆の一種なんですが、「御開帳時、御本尊に直接繋がった紐を掴んで結縁する」というスタイルの起りは、いったいいつなんでしょうか。印象としてはそう古くなさそうですが……まあ、多くの一般参詣者が集まるようになってからの話でしょうし、御開帳をイベントとして盛大に催すようになってからの話でしょうし……そう考えると、早くても中世、普通に考えて江戸期ですかねえ。
……単なる憶測ですが!

回向柱

さて、例によって回向柱には人が群がり、列を作ります。とはいえ平日ですし、全然ましな部類でしょう。
どうでもいい話ですが、帰りに通りかかるとずいぶん長い列になっていて、見れば、先頭の人がよくばりにも全部の紐を束ねて掴み、続く人もその流儀に倣っている。思わず、「ひとり1本掴めばいいんですよ!」と、おせっかいをしてしまいました。

本堂軒下

回向柱から繋がった紐が、本堂の中へと入っていきます。
導かれるように、私も外陣へと踏み入ります。

本堂外陣

外陣のようす。多くの人は、ここでお参りして立ち去って行きます。
そして……。

宮殿開帳

確かに宮殿が、厨子が開いています!

……撮影禁止の表示もなかったんで、失礼してしまいました。
観音さま、ごめん!

続いて靴を脱ぎ、寺男さんに断っておずおずと内陣に踏み込みます。
内陣はさすがに撮影禁止。おばちゃんおばあちゃんを中心に、熱心な信者さんが坐して経文を唱えているので、迷惑をかけぬよう気を使いながらの拝観(本当は観察)です。

前立本尊は宮殿の中。あまり近寄れないし、暗いしで、細部まではわかりません。衣紋はけっこうシャープに、深く彫られている気もします。表情はちょっと読み取れない。
とりあえず、サイズは50センチ前後といったところでしょうか。木彫で、全体に褐色を帯びていますが、白木のままの御像とお見受けします。
右手を垂下し、左手に(たぶん)蓮の華、頭上には(どうやら)宝冠、像様からして、なるほど聖観音像であることは間違いないところでしょう。

そして……もし、明治の実見の話が本当であるならば、ですが……基本的に「本尊の像様に忠実な前立像」ということにもなってきます。

前立像は、寺伝によると9世紀前半、中興とされる慈覚大師が訪れた際、自ら彫ったものであるとのこと。
うーん……ま、「誰それ手彫り」というありがちな伝説は脇に置いておくとしても、実際にこの中興時の仏像だったとしたら、前立像自体に相当な価値が認められるはずです。もちろん、彫刻としての出来栄え如何にもよりますが、資料的価値だけでも国重文は堅いところでしょう。

……と、ここで、浅草寺本尊「現代の謎」に行き当たってしまいました。

次回、浅草寺編完結(の、予定)。




注1)
ごめん、根拠があっていってるわけじゃありません。なにか知ってる方がいらっしゃったら、ぜひご教示ください。
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