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新年のあいさつとか

遅ればせながら……

あけましておめでとうございます。
なんとか松の内には一度更新を、と思っていたのですが、もはや小正月寸前です。

諏訪は冷えてます。
諏訪湖も全面結氷寸前までいったようです。ま、御神渡りにはまだまだですけどね。
御神渡りができるには、この状態から一度まとまった量の雪が降って、再度冷え込みが続かないといけません。
建御名方と八坂刀売はもちろんですが、諏訪信仰周辺をうろつく下照比売や高照比売、興波岐さんなんかも御神渡りができないと面目が立たないので、なんとか今年はきっちりと派手な割れ目を御開帳してもらいたいものです(げっひーん!)。

余談ついでに妄想レベルの自説をひとつ披露しておきます。お年賀代わりに。
……ならないね、お年賀には。そんなものは。

八坂刀売の奥様は建御名方の旦那様と喧嘩して下社へと移った。以降、冬になると旦那様が奥様のもとに通うのが御神渡りだというわけなのですが、なにもそんな厳寒期にデートしなくてもねえ。という点から察せられるのは、御神渡り神事も冬至祭の一種というか、生命力再生の祈りが込められた行事なのではないかと。御室神事研究家のTM師なんかは、御室に入るソソウ神が渡った徴だと考えてらっしゃるようです。
それはそれとしてもうひとつ思うのは、古族(最近、昭和三十年代くらいまでの論考に見られ現地人を意味する「土人」という言葉が気に入ってまして、本当は古族なんてスカシた表現でなくズバリ「土人」といいたいところなんですが)の祭祀である上社に対し、下社はヤマト勢力の手先が祀ったというのが定説なわけですが、その流れからするとヘンな伝承だぞと。
そこで考えたのは、上社から離反者が出て下社を祀ったのではないか(いち早く金刺に転んだと解釈するのもアリ)ということです。
それが武居祝の祖先なんじゃねえかなあ、とか妄想してるんですが。

この期に及んでという感じでひとつ宣言しておきますが、当ブログというか私の最終着地目標地点のひとつが、「武居祝」の正体に迫ることです。なんか……諏訪信仰とその周辺のことを知れば知るほど遠ざかるいっぽうですけどね。いや、そうでもないか。善光寺まわりからの搦め手はそれなりに進んでるかもしれません。ただ、どこからどうブログに記していけばいいのか、その点、途方に暮れています。

途方に暮れていても仕方がないので話を変えます。

初詣はしっかり行ってきました。下社秋宮と、上社本宮に。
マニアだったら逆だろう、前宮と春宮だろう、というツッコミもわからなくはないのですが、単純に家が秋宮の氏子なんでね。前宮は神官家の墓所なんだし(大胆説をさらっと)。あと春宮は、この時期お留守ってことになってるしね。
で、気付いたんですが(本当は去年のうちに気付いてましたが)、秋宮境内摂社の由緒書看板が新調されてましたよ。上社と違って下社の境内摂社には大したものがないんですが(国学の尻馬に乗って仇敵の鹿島まで祀っているていたらく)、若宮だけはもちろん別です。
そこに、はっきりとした字で改めて御子神十三柱が記されていたので、確認しておくことにします。
というのは、表記とか読み、さらには列せられる神にまでバリエーションが見られるので、現在の諏訪大社オフィシャル見解として、これを当ブログでも標準としておこうというわけです。

御子神公式リスト

基本的にはこれ、現代諏訪大社のオフィシャル文献である『諏訪大社復興記』の記述に基づいているものと思われます。二十二柱や孫神なんかも細かく記載されており、その中の十三柱に○印がつけてある形です。
……と、まあ、このあたりからライトなご挨拶の範疇では収まらなくなってますので……続きは項を改めることにします。
「御子神十三柱の再定義」みたいな感じで。
これは直近でやります。たぶん。

で、まあ、幾分ライトな感じを意識しつつ話題を選びますが、たまたま家にあった(昔、父が買ったのであろう)『信州の神事』という本を再発見しまして、これがとてつもなく役に立っています。
古い本じゃありません。平成2年刊です。
長野県神社庁監修で、長野県神社庁に属するすべての神社が祭神とともにリスト化されているのですよ!

もう大興奮!

誰もわかってくれないだろうけど……。

いや、ネット上にも長野県神社庁のサイトはあるんですが、このリストがねえ。祭神が載っていないというお粗末極まりないもので。たまに(本当にたまーに)やる気があってパソコンの使える神主さんがいると、その神社だけ、解説とか興味深い記述もあってある程度助けにはなってるんですが、それにしても……卑しくも神社を名乗る以上、祭神ってのは一番大事にすべきものじゃないんですかい? それとも、なにかい? ……って、やめておきましょう。まあいいです。この本がありますから。

この本にしても主祭神一柱しか書いてないのがほとんどで、資料として十分とは到底いい難いのですが、それでもなお、「まず祭神に注目する」という最近の私の手法が効力を持ち得るということを再認識させてはくれました。

以前にも書いた通り、神社の祭神というものは、文化レベル的には残念としかいいようのない明治政府によって、さんざんに引っ掻き回され、蹂躙されています。
しかし、それでもなお、残るものは残るんですね。いや、そこで個々の神社が強く主張した痕跡があれば、なおのこと注目に値します。むしろ目立つから。

そう、ズラズラと並ぶリストの大半は、超メジャーな神で占められています。長野県ですから圧倒的に多いのはもちろん建御名方ですが、出雲系の近親者やご先祖も同様に多いです(まあスサノオはたぶん牛頭天王由来が多いんだろうけど)。
それ以外だと、八幡系とか、稲荷系、山ノ神系もどっさり。猿田彦が多いのは道祖神やミシャグジと習合しているせいですが、國常立もかなり目立ちますね。これは、近世、諏訪神社が御射山の祭神を國常立と定めたせいで、まあ建御名方のバリエーション、もしくは山ノ神のバリエーション程度の意味に受け取っておいて問題ないでしょう。安曇近辺には綿津見一家もぼちぼちいますし、もちろんアマテラスさんとか天神様もいますよ。

そんな中で……ちゃんと見つかるもんですね、特異点が。
御子神十三柱のいずれかを単独で祀る未知の神社。
八坂刀売を単独で祀るいくつかの神社(これには驚きました!)。
建御名方のドッペルゲンガー、御穂須々美を祀る神社も少なからず。
瀬織津比売もけっこう目立ちました。不気味に。ま、水神としてはミズハノメが圧倒的多数ですけど。
あと天白系らしきやつもけっこういましたが、難しいので近寄りません。今のところは。

ともあれ、オレ的追跡リストに相当数の神社が加わったのでした。

で、灯台下暗し。
幼少時からよっく知っている「若宮」がわりと近所にありまして、境内地もなかなか大きく、立地的にも相当な古社であろうとは思っていたのですが、祭神については「どうせ御子神十三柱合祀だろ」と、正直タカをくくっていたのでした。じっさい、そういう記述も見たことあるし。

でも、この本によると、この若宮の祭神は、彦神別単独なんですよね……。

ま、「彦神別命(以下十二柱省略)」という可能性も十分に考えられるので、慎重に対処しなければなりませんが。
神主さんに面会申し込むしかないか……。

というわけで、妻科比売を祀った新発見の神社(HN師ご教示)とかもあることだし、当面の主題である池生シリーズもそれはそれとしてぼちぼち進めつつ、新年からは随時寄り道を差し挟んでいこうかと思っております。

今年もよろしく。

あ、今年は仏像ネタも少しはやりたいなあ……。
でも今夜は、一杯引っ掛けてサッカー見ます。
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土人

土人→原住民の言い換えは、かなりつまんないですねえ。
インディアン→ネイティブ・アメリカンよりは、ましかもしれませんが。

原住民

毎度遅いレスですみません。
ていうか、すでに書いたつもりだったんだけど……おかしいなあ。

いや、「原住民」はまだマシでしょう。「土人」的ニュアンスがすでにしみついてるし(笑)。「現地人」までいっちゃうと、もう薄まりすぎてなんだかわからないけど。

ところで、他のみなさんにはっきりいっておきたいのは、日本語の「土人」という語には、本来、「黒色人種」という意味はまったくなかった、ということです。ま、そういう意味では「部落」と同じですね。本来の意味ではない、隠語的な後付けの意味を問題視して言葉狩ることによって、結果的に本来の語義すらねじ曲げてしまうという、教条的倫理の低劣さ、幼稚さをよく示している事例だと思いますです。
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