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お日様が生まれ変わる日の雑談

さりげなくどこにでもある呪術

隠居のような生活をしている昨今ですが、たまさかに地元のチェーン居酒屋に行く機会があったのでした。忙しく立ち働いているフロアの若いお姉ちゃんが席の横を通りかかったので、追加注文をしようと「すみませーん!」声をかけました。
すると、
「はいよろこんでぇ……」
と、心底面倒くさそうに、投げやりに、溜息交じりで応えてくれたのでした。

まあ、文字で書いてても伝わりにくい話なんですけどね、なんつーか、すげえインパクトがあったんですよ。別にバイトちゃんの心がけの悪さとかチェーン店はだからダメなんだとか、そういう話をするつもりはまったくありません。
ただもう、面白くて面白くて。
なんだろう、場の空気が揺らぐほどのインパクトを感じましたね。酒入ってるからってのもあるんだろうけど。
いわゆる、その、シニフィエ? シニフィアン? なんだかよく知りませんけど、ズレまくってますよね。だけど、にもかかわらず、彼女自身の実感はしっかりこもっている。単に面倒くさそうに「はい……」とだけ返事するより、遥かにリアルに彼女の実感が伝わってくる。
力強い!
「言霊みたいなもの」が、そこで揺らいでいるわけです。空気が尋常の空気でなくなる。平々凡々なリアリティってやつに、亀裂が生じる。

……大げさですか?
しかしまあ表現が大げさなだけでね。私はそう感じたのです。

といったところで、なぜか当ブログ本来のテーマに寄っていくのですが(笑)、私は、シャーマンの機能、祭祀というものの本質は、「これ」に通じるのではないかと思っています。

場の空気を支配し、その空気を通じて他者の精神に介在する。

「これ」あってこその、信仰の説得力なのです。
信仰対象となる自然現象でも同じことで、森、山、激流、滝、大河、雷、寄せては返す波、強風、夕立、強烈な夕焼け、明るい月夜、火山に地震……その場の空気を圧倒的に支配し、我々の心理状態になんらかの影響を及ぼします。そんな大自然のパワーには遠く及ばないまでも、人間の力によってこの作用を起こす。自然と呼応できればなおよし。
それが、シャーマンによる祭祀の本質だと思うのです。

現代に伝わる表現でもっとも「これ」に近いものはなにか?
まず思い当たるのが、音楽です。
「場の空気を支配し、その空気を通じて他者の精神に介在する」。
まさにそれですね。
いうまでもなく、音楽のルーツは信仰儀式です。「音」が生み出す異化作用で空間をねじ曲げる。そこにいる人間たちに共通した感覚を与える。人々の心に(たとえ幻でも)一体感を与える上で、極めて有効な方法でしょう。
ありとあらゆる音楽はこうした性質で成り立っています。陳腐な歌詞のラブソングで泣けてしまう効果というのは、非現実的な内容の祝詞や祭文に説得力を与える効果とまったく一緒です。
また、音楽が心理に与える影響は、基本的に「エキサイト←→カーム」です。エキサイトには凶暴な衝動という方向と、元気が出る高揚感とがあり、また、カームにもメロウな情感に浸るタイプと、心やすらかな無風状態に持っていこうとするものとがありますが、いずれにしても、こうした二面性は「荒魂←→和魂」という神(または自然)の本質にも通じます。
この機能にもっとも純化しているのが、サイケデリック系の音楽でしょう。往年のサイケデリック・ロックももちろんそうですが、その流れを汲むトランステクノなんてのはひとつの究極です。粉飾を削り落とし、構造主義的に機能に特化してますからね(ま、思想の上では、ってことですが)。いわゆるレイヴパーティーなんてのは、太古の宗教儀式と機能的にはまったく変わりがありません。目的意識が違うというだけです。いうまでもなく、ドラッグカルチャーというのは原始社会の信仰にルーツを持ってますしね。

ちょっとチェーン居酒屋のお姉ちゃんから離れてしまいましたか……。
このお姉ちゃんに近い効果を意図的に利用するものとしては、現代詩の朗読なんかがあります。ただ、このパターンでは、下手な現代詩人よりプロレスラーのマイクパフォーマンスのほうが優秀だったりもして、その頂点に君臨するのがアントニオ猪木でしょう(詩の朗読も含めて)。普通の詩人は、どうしても肉体性に欠ける場合が多いですからねえ。

転じて、その肉体性を最大限自覚的に生かし、かつシャーマンそのものにもっとも近いのが(現代)舞踏のダンサーでしょうね。とはいえ、近代的なシアターの中で、目の肥えた観衆相手に演じる範囲内であれば、それほどまでの効果は持ちえません。やっぱり、舞踏についてなんの予備知識も持たない一般人の前で、かつ、お約束でない場所でおこなわれてこそ、最大限の効果を発揮します。だからこそ状況劇場(今は唐組?)はテントを張るのだし、天井桟敷は町に飛び出し、劇場でやるときには劇場を異化させる工夫を欠かしませんでした。
かつて頭に「暗黒」と付いた類の舞踏は、その名の通りすごい暗黒エネルギーを放射しますから、「舞踏についてなんの予備知識も持たない一般人」は、まず間違いなく最初にドン引きします。
「場の空気を支配する」上で、この「ドン引き」は大事ですよね~。
私も若かりし頃、初めて天井桟敷(結果的に最後の公演でした)を見たときは、しっかりドン引きしました。ドン引きで生じた心の裂け目に特濃コンテンツを流し込まれる強烈体験によって、すっかり「ヤラレた」ものです。

そういうわけなので、千五百年の長きに渡って「お約束」を続けてきた神道祭祀というものが、そのエネルギーをほとんど失ってしまったのも無理からぬことなのでしょう。まあ「能」なんかの形で残っているとはいえるのでしょうけどね。あと、修験や密教の護摩行なんかは、現代人が見慣れていないだけに、まだなかなかのパワーを残しています。
ただ、形式化してしまった祭祀でも、ちょっとした異化作用によって力を取り戻す場合があります。

というわけで、もうひとつの最近の体験談でこの項を締めたいと思うのですが……。

先日の水内~小県弾丸ツアーで参拝した、あれは……そう、善光寺鎮守の湯福神社でした。境内を見て回っていると、ピンク色のジャージを着たおばさんが、不自由な片足を引きずりながら一人で参拝にやってきたのです。
拝殿の前に立ったおばさんは、拍手を打ちました。
パン、パン、パン、パン……。
えっ!? 出雲式? と一瞬思ったのですが、いやいや、それどころじゃない。
パン、パン、パン、パン、パン、パン……。
長々と、おそらくは優に一分間くらい続く拝礼中、彼女は延々と拍手を打ち続けたのでした。

そうした作法がどこかにあるんだかないんだか知りませんが、ま、私は冒頭のお姉ちゃんと同じようにド肝を抜かれたのです。
「音」が生み出す異化作用で空間をねじ曲げる……そのもっともシンプルな原点が、拍手なのでしょうね。

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ええ、さて。
関係ない話ですが……いや、感覚的にはちょっと関係あるのか(笑)。

いつものように、いつものようなテーマで検索をかけていていたら、こんなページにブチ当たりました。

神話時代から続く神主さんのおうちへ行ってきたの

絵文字入りのポップな女の子文体を読み進めていくと……お、おいおいっ!
内容がとんでもなくディープじゃないですか!
オレ的興味ド真ん中の話。知らない情報も多々。
しかも……さりげない説明、さりげない但し書き等々から、尋常ならざる知識量と、深いレベルにおける確かな歴史認識をうかがい知ることができるのです。
し、シニフィエとシニフィアンが……(笑)。

おずおずと質問のメールを出してみると……翌日、「本かよ!」というほど情報量たっぷりの超長文メールが返ってきたのでした。
ま、細かいことや具体的なことは表に出さないスタイルでやってらっしゃる方なのでアレなんですが……文献史学については完全にプロ級ですね。ちょいと覗いただけじゃ全然わかりませんが。
その後、意見や情報の交換等もあり、文献方面が最大の弱点である拙ブログとしては、大変に心強い師匠を得ることができたのでした。
めでたし、めでたし。

というわけで、トップページをリンクに追加しておきます。


■今後これ↓は「かしわで」と読んでください。でも、別に2回ずつ押せって意味じゃないです(笑)。
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