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頤気神社(長野市小島田)

御子神踏査報告 その6

長野市小島田付近の交差点は、なかなかに規模の大きい、地方なりに「交通の要衝」的な交差点である。長年東京にいたとはいえ、都落ちしてからいい年して渋々免許を取ったというような軟弱の身としては、片側3車線が60~70キロの巡航速度で流れているような道路なんぞまっぴらごめんなのである。ましてその交差点……こんなのどうやって右折すんだよ!
てなことを思わされた「古戦場入口」を右折すると、まもなく、マクドナルドとラーメンチェーンの「くるまや」があり、そこが「いき」の交差点なのであった。

自動車文明ゴリゴリの交差点から、間近に小島田頤気神社の小さからぬ社叢が確認できる。これを目印に幹線を逸れれば……そこはいきなり長閑な農村地帯のただ中だ。

うーむ……。
ニュアンスも規模もまったく違うが、猛スピードで巡航する極太車道をちょっとでも離れれば、そこは見渡す限りの荒野……という、ルート66を彷彿させる。
……おおげさですね。

トランザム!

とはいえ、ほんの百メートルばかりで現代の真っ只中から一瞬にして近世的農村へと至る感覚には、なかなか印象深いものがあった。

余談もいいところだが、アメリカをフォローしていく日本の生き様に限界が感じられるどころか、アメリカそのものの国家スタイルに限界が感じられる昨今、こういうのはあまりいいこととは思えない。というか、こういうギャップ感の究極こそが、かの中国大陸における地域格差というやつなのではないだろうか。日本が長年東南アジアや中国相手にやり続けてきた搾取の構造を自国内で賄っているというのだから凄い国である。
もうね、中国なんて都市部以外のすべてが世界遺産みたいな国なんだから、国家がいい気になってそれを資本だと勘違いしているうちに、ユネスコさんは片っ端から世界遺産指定してやればいいのではないかと。文革で失われた文化度を取り戻せば取り戻すほどに、それが資本の足枷であることにやつらは気付いていくのだ。
もっとも、日本でも地方自治体レベルではいまだに気付いてないみたいだけど。
日本も中国も、さっさとヨーロッパのような「年老いた国」になってしまえばいいのに。

などというインチキ文明論を展開している場合ではなかった。
まあ……しょせん物見遊山に訪れる身にとって、面白いことは面白いギャップ感ではある。

農村らしく狭く入り組んだ道を抜けて到達した小島田頤気神社の境内は、広く、明るく、開放的な雰囲気。

小島田頤気社社頭

小島田頤気社標柱

「式内頤気神社」。
こっちも、しっかりと主張している。

「古色蒼然」といった趣はないが、なんとも清々しく好ましい境内である。境内地全体を覆う下草が、芝生のように美しく整っている。

小島田頤気社境内1

目を瞠るほどの古木はないが、ないなりに風格のある美しい社叢である。明るい印象が強いのは、木々が密でないということもあるのだが、おそらく広葉樹が中心だからだろう。
春に訪れてみたい神社だ。

境内地は千曲川の堤防に並行している。人口堤防に面して祀られた神社が新しいわけがない……ともいえるのだが、ただ、「前フリ」で説明した千曲川の巨大さを思い出していただきたい。

堤防の上に登って、社の東、河川敷側を眺めてみた。

小島田頤気社河川敷1

小島田頤気社河川敷2

畑と果樹園が延々広がっている。
正面に印象的な山容を見せているのが、前述した尼厳山である。
……どこが千曲川?
という話なわけで、「ここ」全体が、その河川敷なのである。
下の画像をよく見ると、平行に連なる緑のラインが地層のように色合いを変えている部分が確認できるかと思う。この奥のラインが、対岸の河川敷……の始まりなのである。

感覚的には……大河の地勢に慣れていないという個人的欠点を露呈してしまうが……なんともいいようがない。
ただ、『シナノの王墓の考古学』という本(名著!)に載っていた分布図を見る限り、小島田頤気神社周辺には古代の遺跡群の存在が確認できるのである。古い古い、それこそ「古代からの農村」である可能性も、完全に打ち消すことはできまい。

堤防を降りて社地に戻ろう。
境内地は非常にゆったりした印象だが、冷静に見ると、神社としての境内規模はさほどでもない。ただ、境内に隣接する民家等の建造物が少なく、特に高層の建造物や山地丘陵地が付近にまったく見当たらないため、実質以上に広く感じるのである。

小島田頤気社堤防より

拝殿も小ぢんまりとしたもの。

小島田頤気社拝殿1

小ぢんまりとはしているのだが、個人的には非常に好きな拝殿だ。なんといえばいいのだろう、要するに親しみやすいのだが、その親しみやすさは、おそらく「村の薬師堂」とか「観音堂」とか、そういう類の雰囲気を醸し出しているがゆえなのではないかと思った。

小島田頤気社拝殿2

小島田頤気社拝殿3

この、正面一間のみが開け放たれ、拝殿内部がオープンエアになっている感じ。
そして近世っぽくゴテゴテした瓦葺の屋根。
などが、そう思わせるのだろう。

小島田頤気社本殿覆屋

本殿は閉ざされた覆屋の暗闇の中、まったくその姿を窺い知ることはできない。

小島田頤気社社務所

社務所……というか、実質、寄り合い所なのだろうが、新築ピカピカである。
氏子衆は、確実に健在だ。
周辺部も含むこの美しい境内を、末永く守っていってほしいと願うばかりである。

印象は好ましく、信仰としての生命力も感じさせてくれるいっぽうで、「古社」であるべき根拠はあまり提供してくれない。おそらく、本殿次第で最低限の古さは保障してくれるのだろうが、そうはいっても、常識的にいって江戸中期以前まで遡ることは難しいだろう(文化財表示も特になかったし)。

小島田頤気社摂末社1

小島田頤気社摂末社2

摂末社については、この地域にしてはかなり少ないほうで、また、格別に気になる存在もない。ただ、少ない摂末社のうちの2社が、立派な覆屋に収まっていた。
こうした規模の神社の場合、摂末社の少なさは基本的に明治期の合祀の少なさを示すが、それがこの地の場合なにを意味するのか……ちょっと思い当たらない。江戸末期、ここは孤立した小さな村だったのだろうか。

小島田頤気社庚申塚

社頭には庚申塚など民間信仰の石碑等がぼつぼつ見受けられるが、それにしても決して多いほうではないし、古層の名残を見出すことはできそうにない。

実見できた材料の範囲では、やはり中世以前にまで遡ることは難しいように思う。古代遺跡の痕跡がある場所だけに、いったん水害で失われ丸ごと復興している可能性は考慮しなければならないが、単純に式内論社として西寺尾頤気神社と比べた場合、西寺尾の側に分があるといわざるをえないだろう。
あとは両社の因果関係や伝承、資料等を探るほかないのだが……近在の図書館がこの地域の郷土史に関して非常に弱いため、その先は「またそのうち」ということにさせていただく。
また、池生神の本質を考える上で、西寺尾頤気神社での考察以上に加えるべき点は特に見当たらない。陰と陽、正反対の印象を持つ神社ではあったが、祭祀の根幹に関わる部分では、やはり共通するものを想定するほかないようだ。

以上、長野市内3社の池生神社と頤気神社を巡ったわけだが、水内の池生神からは、氾濫鎮め、それも農耕神としての性格が強く窺えた。千曲川に近いという共通項もあるが、社殿の向き及び社地からの展望を鑑みるに、千曲川そのものへの信仰とは考えにくい。
川そのものへの信仰である場合、上流に奥宮があるとか、水源に垂迹伝承があるパターンが多い。ただ、これだけの大河になると生活圏の範囲内で「上流」という感覚は持ちにくいし、まして水源を実感することは不可能なので、また別の信仰形態を想定する必要はあるかもしれない。

いっぽう、塩田平の池生神社1社に関しては、水神としての性質も保持してはいるが、神格云々以前の一般的な農村の鎮守と見てよい。
同項で、池生神を祀った特殊事情を考慮する必要がある旨書いたが、「小島」と「小島田」という名称の相似(あまりにもありふれた地名ではあるが)に、氏子移住の痕跡を探ることができるかもしれない。

残るは本山宿と信濃境の池生神社、そして3社の槻木泉神社である。加えて、池生神に関連してレポートしたい神社がもう数社控えている(これは増えるおそれも当然ある)。その中にはまだ訪問していない社が残っているため、今後のレポートは順序バラバラ、しかも飛び石になるだろうと思われる。
し、か、も! 池生神を追う過程でどうしてもはずせない某古族神官家の追跡が挟まってくる可能性があり……このテーマがまた、底なしに深いのであった。

本編の再開は遠い……。

■1012131:少々加筆。
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