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御子神十三柱の覚書 その4

妻科比売命(中編)

さて、いったん話が飛ぶが、妻科比売命は、三代実録記載時の表記では「妻科地神」となっている。「地神」というのは普通に地主神と解してよさそうだが、要は、他所でその名を聞くことのない、全国区では無名な神だったのだろう。それがなにを意味するのかというと、ほぼ確実に、水内を真地・本拠とする神だということだ。
(問答無用で真地を特定できる神というものが決して多くないという事実は、認識しておいていただきたい。御子神十三柱中でも唯一といっていい)

いっぽう、善光寺とそれを取り巻く一連の諏訪社の奉斎者は、ヤマトから派遣(もしくは任命)された信濃国造一族と考えてほぼ間違いない。であるならば、妻科比売は彼らがどこか他所から連れてきた神ではなく、
・彼らが水内に入る以前から(弥生時代以前)そこに祀られていた有史以前の神か、
・彼らの支配が始まってから(古墳時代以降)そこで生まれた神か、
そのいずれかと断ずることができるだろう。

前者の推論でいくと、あたかもミシャグジやアラハバキのような原始の神ということになるのだが、そういった古層の神特有のアニミズム的な呪術性や遍在性はまったく認められない。
その点、後者の推論のほうが発展性がある。
すなわち、妻科比売は極初期の信濃国造一族に縁のある歴史上の人物を根拠としているのではないか、という見方である。

この見解の上に立って細々とした蓋然性の糸を手繰るなら、「妻女権現」の別名を持つ会津比売命との関連を疑うことができるかもしれない(「つづきを読む」にて注記)。初代科野国造建五百建の妻であり、また出早雄命の娘でもあるとの伝承を持ち、松代の会津比売神社に、これも全国でただ一柱のみ祀られている神である。
(→出早雄命の項でもちょっと触れている)
妻科比売と会津比売を同神とみなすのは、さすがに大胆すぎる仮説だとは思う。まったく結論めいたことをいえる段階ではない。しかし、建御名方と古層の信濃国造一族との縁を探ろうとするとき、この二柱の謎の姫神は、間違いなくその存在感を増して、同時に立ち上がってくるのである。
どちらにしても、下社大祝金刺氏の祖神に当たる神である疑いは非常に濃い。

以上、追ってきて、ひとまず提示できるのは、妻科比売は下社の主祭神である八坂刀売とイコールとまではいえないにしても、「八坂刀売という習合神を構成するいくつかの神のうちの一柱だったのではないか」という仮説である。

八坂刀売命は、その実体を捉えるのが非常に難しい神ではあるが、基本的には下社の神と考えられている(安曇族との関連については、またいつか別項を設けて検討したい)。有員以降、上社が金刺にとりあえず従って上下社が一体となっていたのだとしても、その傾向は揺らがない。上社前宮の祭神が八坂刀売命とされたのは明治中期のことであって、その信憑性は極めて薄い。だからといって上社本来の祭神が建御名方であるといえないところが諏訪信仰の難しいところなのだが、いずれにしても、下社大祝の宝印(奈良時代のものと推定されている)は「売神祝印」であり、数々の伝承から見ても八坂刀売は下社の神なのである。そして、下社が信濃国造一族の後裔の一大拠点であったことに疑いの余地はない。
建御名方に関してはなんともいいようがないが、こと八坂刀売(と建御名方富彦神別)については、金刺が古代から奉斎してきた神であると見て大筋問題はないだろう。

いっぽう、安曇族の本拠である穂高神社に密接な関係を持つ池田町の川會神社にこそ八坂刀売に関する伝承が残されているが(もっとも、諏訪が権勢を誇った中世に作られた伝承である可能性は相当に高い)、かつて信濃国造一族の拠点であったと考えられる水内、松代、上田、塩田平の近辺で、古い時代に八坂刀売を奉斎した痕跡または伝承は、これをまったく発見することができないのである。

八坂刀売もまた、国史には見当たらない「地神」といえる。下社の(問答無用に強力な)神奈備である八島ヶ原湿原にその神格が仮託されている面があることは否定しようがないが、そこまで古層の信仰になると、アニミズム的自然神、もしくは大地母神であって、古墳時代以降のような人格神であったとは考え難い。あらかじめ下社の原型となる祭祀があり、そこに女神が祀られていたと仮定するにしても、人格神としてのヤマト流の「神名」をそこに上書きしたのは、間違いなく金刺である。
であれば、水内の地主神である妻科比売にその原型を求めるのも、さほど無理な話ではないように思うのだ。

そこで。
ささやかながら、ひとつだけ、この大胆な仮説の傍証を発見したので、次回完結編にてその報告をしておきたい。

(つづく)

(100809:川會神社の件を訂正)
(注記)
「妻女」は「さいじょ」と読み、鎮座地の妻女山にちなむ。
この件についてはかなり突っ込んだ研究をされている方がネット上にいらっしゃるので、参考までにリンクを貼っておく。山がメインテーマだが、会津比売神社に関するデータも充実している。
「妻女山の位置と名称について」(MORI MORI KIDS)
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