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長地 鎮神社 その1

プリティな蛇神さまを祀るお社

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こちら、鎮神社の門前風景です。
場所は岡谷市長地(おさち)。諏訪大社下社春宮のお膝元にして本拠地である東山田と地続きの地籍で、頂点に出早雄小萩神社(※注1)が鎮座する横河川扇状地の東端、山際に位置します。

巨木を含む鬱蒼たる森を背後に従えた、なかなかのたたずまいです。
右の建物は、地域の寄り合い所でもある行屋(※2)。
左の坂を登っていくと、関連があるのかないのか……山中に古墳時代末期のコウモリ塚古墳(※注3)が見つかります。

行屋の前庭には、石祠と文字碑群。

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立派に神仏習合してます。というより、村の辻、寄り合い広場としての素朴な伝統を感じさせてくれて、大変に好ましいです。

鳥居の後ろには、2本のサワラの大木が脇を固める門のようにそそり立っています。
かなりの古木。ちゃんと市の天然記念物に指定されています。

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鳥居の柱に身を隠すように、反面、堂々たる大きさと位置取りで、まるで社号を主張するかのようでもある、「魔王第六天」碑。

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魔王……第六天……。

諏訪でしばしば文字碑を見かけるこの尊格に関して、多少の調査結果、及び思うところもあるのですが……ま、そのうち気が向いたら別項を起こすことにします。話としては面白いんですが、しょせん近世ネタなので……。

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こちらが本殿。というか覆屋。拝殿を持つほど立派な構えではありません。
ちなみに、祭神不詳
手掛かりはあまりないのですが、ま、後の考察編で少しは考えてみましょう。

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覆屋の中の本殿。格子の間から間近に撮るほかないので、全体像は見えません。ごめんなさい。でも、小さいながらもそこそこ立派な細工の社殿です。
本殿脇には鉄剣(といっても形式化した近世のもの)が数本、無造作に置かれています。

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覆屋の両脇には、小祠がいくつか。主神すらわからないのに、正体がわかろうはずもありません。
ただ、ひとつだけ、右の祠に寄り添っているような小さな石碑に「若宮大神」とありますから、右のやつは若宮なのでしょう。と言っても、若宮というのはいわゆる御子神を祀る宮の一般名詞であるからして、具体的な祭神名はやっぱりわかりません。

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左脇に文字碑。あまり聞いたことのない組み合わせの三山さまと、大黒天。
……かなり適当なラインナップですね。
いい感じです。

ただ……大黒天と第六天は親戚と言えなくもない、か……な。
(単に音が似ているという話ではないです)

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社の背後は、鬱蒼とした杉林の急斜面。
本殿の裏に回ってみましょう。

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……。
石がゴロゴロっと……。

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んん!?

本殿の真後ろに、こんなものがありました。

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ヘビ、ですね……。
かわええ……。
(※もし画像が切れてたら、他のサムネール同様にクリックしていただければ、尻尾まで見られます)

まあ、彫り口から見てもそんな古いものではなさそうですが……しかし、蛇が祀ってあると聞けば色めき立ってしまうのが古代史マニアのサガ!

「おかや歴史の道 文化財めぐり」の解説では、宇賀神(※注4)と結びつけ、「農業神としての信仰から祀ったものであろう」と解釈しています。
まあ妥当な解釈だとは思いますが……ここは諏訪ですからねえ。

蛇といえば、ミシャグジ!

もっとも、中近世においてその連想が生きていたかどうかといえば、はなはだ心もとないですし、そもそもミシャグジの本拠地は上社、ここは下筋ですから……って、いやいや! ここから諏訪湖側に向けて広がる横河川扇状地の中腹には、ちゃんとミシャグジの祠が点在しています。関連したなんらかの民間信仰が細々と続いていた可能性もないとは言い切れないでしょう。

まあ……言い切れないってだけの話ですけどね。

ちなみに上社筋の茅野市にある道端の石造物群の中に、やはり線刻された蛇の石碑があるとの話を聞いたことがあります。
そのうち見に行ってみなければなりますまい。

さて、鎮神社編は、もう1回だけひっぱります。
祭神についてと社名について、多少の考察がありますので。



注1)
健御名方の御子神とされる「出早雄命/いずはやおのみこと」を祀る、諏訪でも有数の古社です。紅葉の名所。そのうち単独で取り上げるかもしれませんが……とりたてて異彩を放つ要素がないので取り上げないかもしれません。「小萩」というのは、昭和期の開発で潰された小萩神社(これも御子神)を合祀したがゆえ。

注2)
「行(ぎょう)をおこなう小屋」の意です。この地域に限りませんが、江戸後期、修験道や講が隆盛をみせた時期に多くの郷村でこうした建物が設えられ、地域の寄り合い所として定着、今にその姿を残す例が多々あります。
ここ、中屋不動堂には木喰上人最晩年の傑作とされる「拝滝不動明王像」が安置されていましたが、今は市の美術考古館に委託されており、祭事にのみ還座するそうです。

注3)
馬具を中心とした豊富な副葬品で知られる小円墳で、石室もこの地域にしてはかなり大きいほうです。
斜面下に点在する榎垣外遺跡ほかの遺跡群ともども、諏訪の中では飛び抜けて中央ヤマト政権色の濃い地域といえます。

注4)
よく八臂弁才天の頭上に鳥居を掛けられて乗ってるやつです。トグロを巻いた蛇の身体に、髭の老翁の頭が乗った奇態なお姿。「ウカの神」ということで、中世に稲荷神から派生した民間信仰と考えられています。水の神、稲の神。蛇といえば水神にして生殖神、弁天といえばこれも水神ですからね。まあいろいろとややこしく習合しているのでしょう。
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