スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

絶対秘仏萌え! 最終回

御戒壇巡りレポート

というわけで、善光寺名物、御戒壇巡りです。

私自身の御戒壇巡り体験は今回が二度目なのですが、一度目は小学生の時なので……分析的、批評的に体験するのはやっぱり初めてのことです。
ただ、よそのやつはほとんど経験がないので(アトラクション的に派手に展開する秘宝館めいたやつも世の中には相当数存在するらしいですね)、比較論はできないのですが、いや、元祖御戒壇巡り、実によくできていると思いましたよ。

下が、テキトーに描いた御戒壇巡りの概念マップです。

御戒壇マップ

基本的に、内内陣の瑠璃壇の外周を廻る位置取りになっているらしいです。
スケール等はだいたいの感じというか、要するにデタラメですのでその点はご承知置きください。

まずは、「右の壁を触っていってくださーい!」という指示を聞きながら、「←」の階段を降ります。階段が何段あったかは全然覚えてませんが、回廊の天井は身長180センチ余の私が別に屈まずに普通に歩ける高さがありますから、まあそれくらいは降ります。
ちょっと進むと、もう目の前は真の闇です。
そこで不安になって振り返ると、降り口から差し込む光がしっかり見えて安心します。
そのまましばらく(感覚的には15メートルくらいだと思うんだけど、暗闇のことですからわかりません)直進すると、回廊が右折します。
右折してしまうと、もう振り返っても入口の光は見えません。360度真の闇に包み込まれるわけです。
「うわあ」とか思ってると、ほどなく、もう一度右折します。

いや、ね。
たった2回右折するだけなんですよ? それなのに……暗闇の効果というものでしょうか、それとも単に私が方向音痴なだけなのでしょうか、方向感覚を失って、現在位置がまったく掴めなくなってしまうのです。
そしてしばらく進むと、壁に沿わせていた右手が、フッと壁面の窪みに出会います。
その窪みの奥、概念図上の☆の位置に「触れると極楽往生が約束される鍵」があるわけです。

実際には、鍵というよりも取っ手ですね。縦30センチ幅くらい、2支点の金属製の取っ手がついていて、これを握ると多少の「遊び」があり、ガチャガチャと音を立てながら左右に動かすことができる。非常に、こう、「実感」を与えてくれる仕組みになってます。

この取っ手部分は、(写真を見たこともあるのですが、触感で慎重に把握しました)、仏具の「独鈷杵」の形をしています。

窪みを過ぎ、しばらく行くと回廊は三度右折、途端に出口の光が目に入ってきます。
階段を登れば、御戒壇巡り終了。

どこまで計算されたものなのかはわかりませんが、極めて単純な構造と短い距離の範囲内で、かなりのスリルと達成感が味わえるシステムです。
いやあ面白い!
早朝で空いているのをいいことに、思わずもう1周してしまいました。

それにしてもわからないのは、「鍵といってもなんの鍵?」ということです。
いやそれ以前に、なんのための地下通路なのかと。

調べてないんで100%憶測で書きますが、現存するこの本堂の「これ」自体は、おそらく御戒壇巡りに供することを前提に作られた通路なのだと思います。けれど、習慣として受け継がれている以上、先代の本堂にもきっとあったに違いないんですよね。いや、先々代にもあったろうし……どこまで遡れるのかはまったくわかりませんけど、最初のモデルはどこかの時代にあって、「それ」は別に、御戒壇巡りのためにつくったわけじゃないと思うんですよね。普通に考えて。
いや、逆に、最初のモデル自体が御戒壇巡りを想定して設計したもので、御戒壇巡りというシステムを発明した人がこのお寺にいたのだとしたら、それはそれでとっても凄いことなんですが。

そもそもね、「御戒壇巡り」という言葉が意味不明です。
「戒壇」というのは、説明するまでもないかもしれませんが、「出家者に仏教の戒律を授け、正式に僧侶として認定する神聖な場」です。鑑真和上が初めて唐招提寺にこれを築いたことでも有名ですね。

となると、善光寺のこれ、戒壇と全然関係ないし。上にあるのは戒壇じゃなくて瑠璃壇だし(この言葉もおかしい。「瑠璃」ってタームは薬師如来の専売特許じゃないですか)。
考えられるのは、当寺の出家儀式において、かつてはイニシエーション的に使用していたシステムを、参詣イベントとして一般に開放した……ということくらいでしょうか。

ともあれ。
今回私は、「鍵」のついた窪みの部分をじっくりと触診してみました。
この場合、触診という言葉があってるのかどうか知りませんけど。
で、まあ、窪みの奥には明らかに扉があり、その扉の取っ手であり鍵であるということは、はっきりとわかったわけです。
あと、ものの資料によれば、その位置は御本尊の真下に当たり(それが本当なら、絶対秘仏本尊の安置場所は瑠璃壇の向かって左側になるので、概念図の窪みの位置は間違っていることにもなります)、扉の奥には密室があるんだとか。
うひー。

なんのための密室?
密室の中になにがあるの?
なんで秘仏本尊の真下に??

とまあ、激しく妄想が掻き立てられてしまいます。
なんつーかまあ、密教臭い。鍵の形自体が密教由来だし、この構造、天台宗筋の企みなんじゃないかという気はすごくしますね。
だとすれば、天台宗らしい深謀遠慮、錯綜した祭祀構造がそこにあると考えるのが自然の流れ。密室内になにもないってことはないだろう? 誰がいるの? 摩多羅神みたいな、だけど善光寺独自の知られざる怪しい神様がいたりするの? カラッポってことはないよね? でも、カラッポならカラッポでそれはすごく不気味……。

とか、ますます妄想は膨らんでいくわけですが……ま、秘仏本尊の正体同様、その答えが得られることは未来永劫ないのでしょう。

それにしても……そういう密教らしい、怪しげで、秘中の秘!という匂いのする中枢ポイントに、一般参詣者を招き入れるどころか、名物にさえしてしまっているあたりが、つくづく善光寺らしいです。

てなわけで、善光寺編はここでひとまず完結します。
忠霊殿資料館の諸仏とか、長野県信濃美術館の「善光寺信仰展」とか、あと経蔵とか、それぞれに感じるところ大ではあったのですが、このブログのテーマからはちと外れてしまいそうなので。

ただ、諏訪信仰と善光寺の関わりについては、また稿を改めて触れることになると思います。諏訪人驚愕の変態御柱とかありましたしね。
そのへんは、再度の長野行きを敢行して後のことになるのかな~。




※アップ直後に追記してしまいました。よく見直してからアップしようぜ、オレ。
090619:「忠霊殿資料館」の名称を修正。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

LooseFrog

Author:LooseFrog
基本的に怠惰で、社会人として問題の多い中年男です。
でも、興味の対象には嬉々として食いつきます。

loosefrog★gmail.com
(@に置き換え願います)

デタラメやカン違いや不適当な素材の使用等ありましたら、ご指摘ください。
もちろん、助言や感想も歓迎いたします。

***

字が小さいとの御指摘をちょくちょくいただきます。
P盲な私がいまさら細かいところいじるとワヤになりそうなので、ブラウザの拡大機能の使用を推奨いたします。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

検索フォーム
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
リンク
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。