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絶対秘仏萌え! その7

善光寺如来に御対面2

さて、善光寺のどこが世界遺産に値するのか?
端的に言い切ってしまいましょう。
「中世~近世の大寺院の信仰形態をそのままの形で残している」
この点につきます。

仏教系の古刹を訪ね、その由来書きを読むと、しばしば「往時は何十いくつの院坊が立ち並び」みたいな記述に出会います。でも……実際にそういう光景に出合うことはまずありません。
ここに坊があった、あそこに院があった、もっと悪いと(といっても、ごくありふれた例だけど)大寺の本体はきれいさっぱりなくなっていて、かつては寺に付属していた院や坊だけがポツンとひとつ残っていたりします。(※注1)

ここで思わず、廃仏毀釈への恨みつらみ、国家神道への憎しみを語りだしそうになるところなんですが……そこはぐっとおさえて、と……。

今も院坊が立ち並んでいるという点で、比叡山、高野山、そして吉野のお山は例外といえますが、これらには山岳修験道場としての特殊性があります。修験道はリアルタイムで人気があるし(オレだって修験者やってみたいとちょっと思ってるしー)、また、実際問題として、この3つはすべて世界遺産の一部になってます。

これらの例と善光寺が大きく違うのは、「一般庶民による、江戸期の参拝観光の形をそのまま残した信仰形態である」という点です。
たとえば今回比較の俎上に上げている浅草寺の門前町なんか、江戸文化の代名詞になっていて、確かに庶民の参拝観光の形はよく残しているのですが、院や坊はそんなにない。実質上の本坊(※注2)である伝法院の存在がよく知られているばかりです。

その点、善光寺がどうなのかといえば、まず、門前町、仲見世の賑わいは負けてない。

仲見世

そして……なんといっても、本坊が2つある。
天台宗の「大勧進」と、浄土宗の「大本願」。

大勧進

これは……大勧進の門前です。この風情だけ見ても、独立した立派なお寺でしょ?

ま、この点だけ見ても十分にレアです。宗派の違う2つの本坊が1つの大寺院を治めているという例は、現時点ではもちろんのこと、過去にも見当たらないんじゃないかと思います(すいません、真面目に調べてないんでツッコミは謙虚に受けます)。
善光寺ってのは、納骨供養に関して宗派を問いませんからね。そのへんも、「来るものは拒まず」的な、日本ならではの習合形態を端的に表わしていてとっても貴重なのですが……さらに加えて、善光寺には、今現在、25院14坊、計39の院坊が、信仰の場として生き続け、門前町に広大なエリアを形成しているのです。

裏手の院

門前の坊

この路地、まるごと全部、院坊です。
んで、門前エリアにおいて、これはほんの一部の例でしかありません。

しかも、これらすべての院坊が、個別に仏堂と本尊を持ち(※注3)、宿坊としての機能を今も持ち続けているのです。
大寺院がアカデミーとしての性質を持っていた中世までならいざ知らず、このご時世に……それでおまんま食えてるってことですからね。

これは本当にすごい!

実際、まあ御開帳期間で特別ではあるけれど、朝イチで参詣に向かうとですね、その39の院坊すべてから、旗持った案内役に引率された参詣者の集団が、ぞろぞろと出かけて行くわけですよ。

どうして善光寺だけが廃仏毀釈の嵐をくぐり抜け、また、江戸末期に激増し現在にまで尾を引いている民間の修験者たちの熱意を借りることもなく(※注4)、こうした形態を保ち続けることができたのか……それはもう、信仰のおおらかさ+巨大さとしか言いようがないんです。

あと……辺境だってこともあるけど。

さて。
実をいうと、善光寺編に関していちばん言いたかったのは以上の点なのですが、ともあれ、御本尊に対面しなければお話になりません。

次回「こそ」、御開帳参拝レポートです。

……わりとあっさりすんじゃいそうな気もするけど。



注1)
寺、院、坊という呼称については、長い歴史の中でかなり混乱しています。本来は寺が本義で、その付属施設でなおかつ単独でも寺院としての機能を持つものを、院とか坊とかいったらしいのですが、たとえば浄土宗の総本山であるかの「知恩院」さんなんか、あれだけの大寺にして「院」と称してますね。ま、歴史的には「大谷寺」という正式名称があったんですけど。これは愛称が本名になっちゃった感じです。
ただ、「院」の本義は、塀で囲んだ公的な(でも官じゃない感じで)施設、みたいなことらしく、立派な大寺でも、「××山○○院△△寺」みたいな正式名称を持っていることも多いので、実のところ正確に定義しきれません。知恩院の場合も、この「○○院」だけがなぜか定着してしまった、という例です。
ま、原則的には、寺>院>坊という単位で理解すればいいと思います。あくまでも原則であって、世の中例外だらけ、この善光寺の場合でも、別に「院>坊」というわけではないのですが。
あ、あと、現存例は少ないですが、坊よりさらに小さいものを「庵」とする例も多いです。

注2)
「本坊」というのは、その寺を管理する本部みたいなものです。僧侶たちの住居であり、寺務所でもあるわけです。小さい寺だと「庫裏」と呼ばれる部分が、大きな寺だと本坊になる感じ……かなあ。
ただ、院坊一般と同じように、「本坊」と呼ばれる施設には、独自の仏堂と本尊があるのが一般的です。

注3)
興味のある方は、本堂後方の霊宝殿を見逃さないでください。すべての院坊の御本尊の写真がズラリと掲示されています。
青面金剛とか准胝観音とか、いかにも天台っぽい異端仏を奉っている院も少なくありません。
准胝観音拝めるかどうか直接お願いにいってみたんだけど、ダメだった……。

注4)
密教系及び修験系寺院の多くは、維新の神仏分離&廃仏毀釈で大きなダメージを受けましたが、その再興や維持に尽力したのが、彼らでした。その過程で、多くの新宗教が生まれた側面もあります。

※090603、ちょいと加筆訂正。
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