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御子神十三柱の覚書 その6

池生神(前編)

かなり途中経過報告の色あいが濃いのだが、それもまた一興ということで、とりあえず公開しておく。

基本的に水神である。
三代実録には、元慶5年(881)に階位を授けられたものとして「池生神」の名が記されている。これがどの神社を指すのかは厳密に特定されていないが、一般的に、式内社「頣気神社」の論社である長野市の頣気神社(「イキ」または「イケ」と読む)が有力候補とされている。といっても、長野市内に頣気神社は二社あり、千曲川を挟むようにして南北2kmばかりの至近距離に並んでいるため、式内社の特定は非常に難しい。移転後、旧地にも同名社が残ってしまうケースは多々あるが、諏訪の系列社だけに、かつては上下社、もしくは春社秋社だったという可能性も考えに入れておくべきだろう。

この二社のうち、南側に位置する松代町西寺尾の頣気神社の祭神には、健御名方と事代主の諏訪神社兄弟、そして猿田彦(この場合はまあミシャグジと考えて問題ない)とともに、主祭神として池生命が配されている。いっぽう、北側に位置する小島田町の頣気神社では、同じく諏訪神社兄弟と池生命だが、「頣気神」ともされる。
これだけ鎮座地が近いと、どちらが本来の式内社か?という論にさほどの意味はない。和名抄「池郷」の名によってもその古さが察せられるが、これだけ近くては論者の判断材料にはならない。いずれにしても古代信濃国造一族の本拠地ど真ん中であり、諏訪信仰の傘下に位置づけられたのは後世のことだと考えるにしても、同族たちの奉祭神社であったことに変わりはないのである。
もしそこが池生神の真地だとするのなら、池生神もまた、先に記した彦神別や妻科比売の考察に倣い、金刺が諏訪信仰の体系の中に持ち込んだ水内の神と考えるのが妥当であろう。

が、この神の場合、そう簡単にはいかないのである。

注意しなければならないのは、確かに延喜式に「頣気神社」の社名は見られるのだが、そこに池生神の神名が記されているわけではない、という点である。
こと式内社ということであれば、水内の頣気神社二社に対抗できる論社はない。いっぽう、三代実録にはそのものズバリ池生神の名が記されている。だが、この池生神が頣気神社を指すのかといえば、こちらも確証がないのである。

そこで、三代実録記載式外社池生神の候補を挙げて検証する必要が出てくる。なぜというに、県内には少なからぬ「池生神社」が存在するからである。

まず、富士見町池袋(いけのふくろ)地域の鎮守社である池生神社は、ロケーション的に非常に興味をそそられる存在だ。中央アルプスと八ヶ岳の絶景に挟まれた、広く深い渓谷の山際高台に位置し、境内地には湧水からなる池を抱えている(山側の鉄道工事の際に湧水が枯れたといい、現在、池は消滅している)。加えて、縄文呪術の首都(魔都?)ともいえる、かの井戸尻遺跡群に隣接している。祭神は池生神。鎌倉時代の刀剣を宝物とし古社の趣も十分。平安時代起源との伝承もあるというが、これはおそらく三代実録の記述そのものが根拠だろう。
そうした先入観をいっさい取り払って状況だけ見れば、一見江戸の開拓村の鎮守を思わせる風情もある。が、池袋は室町時代の検地書(この時点では甲斐でなく諏訪に属している)に登場する古郷でもあり、なんといっても周囲の豊か過ぎる縄文文化……上古以前にまで遡る神社である可能性は十分にある。

なお、生まれも育ちも当地の人間であり、藤森栄一の直弟子にして初代井戸尻考古館長である武藤雄六氏が、ここの池生神社は麻績氏(信濃においては、安曇族及び善光寺と縁が深い)と関係している旨の発言をしていると口伝えに聞いた。この件もおいおい追跡していかなければならないだろう。

いっぽう、美林で知られる塩尻市本山宿の池生神社もやはり湧水信仰と池を伴うが、こちらは豊玉比売を祀っている。あまりにもメジャーな神であり、また海神の娘ではあっても水神としての神格はさほど濃くないので、上書きされた後付けの祭神名と考えたくなる。が、場所柄、安曇族との関連があってもまったくおかしくはないので、当初は池生神と豊玉比売が相殿していた(安曇系の神社と池生神社が合祀された?)が、次第に池生神の存在が無名ゆえ忘れ去られてしまった……といった推測が妥当であろうか。塩尻の図書館にでもいき、追って調べることとしたい。

長野市長池、上田市小島にもそれぞれ池生神社があるが、詳細未確認。
確認、もしくは訪問次第、また別に項目を起こしたい。
なお、上田市の池生神社は、地図上で確認すると直近に池が見られる(ただ、東信地方は溜池の非常に多いところで、付近にはその他にも無数の池がある)。
長野市のほうも、「長池」という地名がかつて池があったであろうことを想像させ、付近には「長池神社」と「長池水原(みなもと)神社」もある。ここは諏訪社に奉仕した記録のある地域で、長池郷が南北に分裂した際に産土社もふたつに分けられたらしい。「水原(みなもと)」の名は湧水のあったことを端的に示しているし、長池神社のほうは祭神が建御名方になっている。さらに、長池神社近辺の字名に「若宮」とあるのも気にかかるところだ。

天龍村には「池大神社」がある。湯立神事と諏訪系の古神楽「霜月祭」で知られる一連の古社だが、祭神が埴山姫命(基本的に粘土の神)であること以外、未詳。あまり関連は感じられない。県外でも池大神社の名を持つ神社は散見されるが、とりあえず「いけ・だいじんじゃ」と読む社に関しては無関係と見ていいだろう(天龍村の池大神社をなんと読むのかは、未確認)。

現状で確認できている池生神社と頣気神社は以上だが、ここまで見てきてとりあえずいえるのは、池生神は、水神の中でも特に湧水と池に縁の深い神であろう、ということである。もっとも、あまりにも字面通りなところに不安を感じないでもなく、まず池信仰ありきで、後世に池生神社の名を持ってきた可能性もある。
ただ、頣気神社二社だけが立地的に例外であることははっきりしていて、こちらは水神は水神でも、おそらく氾濫鎮めの神である。

ここ東国の山奥では、古社の多くが山際に建っている。流失の恐れのある氾濫原に信仰の拠り所を築くようなことは、基本的にしなかった。ゆえに開けた平地に祀られている神社は新しいものである可能性が高いのだが、ただ……これは私見だが、氾濫沈めの神だけは例外だと思われる。むしろ流失の危険がもっとも高いような場所に、願いを込めて祀られたと思われる古社があちこちに散見されるのだ。
川筋というものは近代に至るまで激しく変化している点に注意が必要だが、千曲川の蛇行箇所を両側から抑えるように祀られた頣気神社など、典型例といえるだろう。
具体例としてもうひとつ、現・千曲市の、千曲川が大きく曲がる箇所の外側、川沿いに鎮座する式内社、武水別神社を挙げておこう。この神社には、実際、流失再建記録が残されている。式内社、それも「名神大」の社格を持つほどの古社がそんな不安定な場所に鎮座し続けているからには、相応の根拠を考えるべきではないだろうか。

余談だが、話題沸騰の柳沢遺跡も、位置的に見て氾濫鎮めの祭祀ではないかと私は妄想している。川の流れに向けて銅戈を埋めるなど、風切り鎌の風習に通じるものを感じるではないか。

湧水信仰、氾濫鎮め、どちらが池生神の本質かという結論は出せないが、とりあえず、頣気神社二社とその他の池生神社の祭神は、本来別の神と見るのが妥当なように思う。
長野県内の諏訪系神社に関しては、諏訪が勢力を増した中世に、派遣された諏訪系の施政者が無理矢理諏訪神を祀ったケースが多数あるので、その点を加味して検討しなければならない。

池生神社、頣気神社以外にも、まだまだ気になる件がいくつもある。

松本の「槻井泉神社」は、現状、ごく小さな社殿のみで社域もささやかなものだが、9世紀後半の創設伝承を持つ古社である。美津波廼女命(ミズハノメ=罔象女神)、御井神といういずれも水に縁の深い二柱を主に祀っているが、もう一柱に関しては文献によって異説があるようで、鳴雷神(イザナミの遺骸から生じた八雷神の一柱)とも、「諏訪神子神」ともいわれる。鳴雷神に関しても諏訪との縁を疑うべき線がないでもないのだが、それ以上に、この「神子(みこ)」が池生神である可能性は高そうだ。
なぜというに、上社の古祭政において極めて重要な位置を占める湧水の宮「葛井神社」の主祭神が、「槻井泉神/つきいずみのかみ」とされているからである。
ともにケヤキ(槻)の古木を御神木とする湧水信仰の宮であり、なおかつ隣接する文化圏で同じ名を冠する以上、そこになんらかの関係、連絡があることに疑いの余地はない。具体的なことはなにひとつわからないが、ともかく、松本の槻井泉神社には諏訪信仰との縁があるのである。
であれば、松本槻井泉神社に祀られている(かもしれない)神子神が池生神である可能性を考えるとともに、槻井泉神が池生神の別名である可能性にも考えを至らせる必要が出てくる。

「槻井泉神」も三代実録に登場する由緒正しい神だが、現存する神社への比定は非常に難しい。存在感と古さで他を圧倒する葛井神社ではあるが、その祭神を槻井泉神とするのは、「一云」との但し書き付きの近世文献を根拠としているようで、あまり信用できない。
いっぽう、専任の神官が「九頭井太夫」を標榜してきたことから見ても、水神としての九頭龍信仰が習合していることは間違いないのだが、諏訪の信仰史から常識的に考えて、この習合がおこなわれたのはおそらく中世、どれだけ遡っても平安中期までだろう。縄文臭漂う上社祭政の要地として、原始の湧水信仰の形を色濃く残す葛井神社本来の祭神が九頭龍神であるとは、まったく考えられない。

上社祭政で重視される摂社末社は、「(上中下)十三所」という表現の下に列せられる。
葛井神社は、その中でももっとも古く重視されてきた上十三所に数えられる。しかし、十三所というのは御子神十三柱のように神を祀っているのではなく、あくまでも「所」を祀っているのである。これはもう、まったくもって古神道の正統的なあり方であって、視野狭窄に陥った知恵足らずの明治政府神祇庁に各宮の祭神を誰何されるまで、それぞれの宮の祭神名を定めようという発想すらなかった、というのが本当のところではないかと思う。十三所に列せられる三十九の宮の中には、「祭神不詳」とされているものがいくつもあるのだ。

ありがたくも知遇を得ている縄文図像と御室神事の専門家TM師は、葛井池のほとりでこんなことをいっていた。
「ここは地下で通底すると考えられていた水脈・龍脈の露頭のひとつです。神事をするときにだけ”宮”になるのであって、もともと社殿なんかなかったんです。それが諏訪の信仰形態の根本です」

というわけで、自分で仮説を出しておいてなんだが、私自身は、池生神=槻井泉神という仮説にも、葛井神社を三代実録記載社とする説にも懐疑的である。ただ、どこかで混じった可能性はまったく否定できないし、論社の比定にも興味はある。ゆえに、もう少しだけ槻井泉神を追っておこうと思う。

槻井泉の名を冠する神社を、県内にもう二社見出すことができる(今のところは)。

ひとつは長野市石渡の槻井泉神社で、こちらはまったくの未詳。ただでさえ水内は諏訪と縁が深いわけだが、この宮の北側にはいくつもの諏訪神社が点在し、南は1km余の至近距離に長池の池生神社が鎮座している。諏訪信仰の地盤の中で祀られた神社である疑いは非常に濃い。
今はこれ以上なにもいえないが、遠からず、長野市周辺のいくつかの神社を踏査するツアーを組みたいものである。

もうひとつは塩尻市洗馬の槻井泉神社なのだが……ここでひと息入れて、現地踏査レポートを差し挟むことにしよう。
いちおうあらかじめ断っておくが、別に重要な神社だからというわけではなく、あくまでも気分転換である。

(100807:一部修正)
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八朔過ぎての余談

だらだらした話

少し開きました。

まあ仕事も少しはしてましたが、地元の長持ちの練習に出たり、下社御舟祭で地元の長持ちに参加したり、それなりに地元民らしく過ごしておりました。
長持ちもあれ、やってみて初めてわかることがたくさんあったんで、そのうちあれこれ書いてみたいものです。でもタイミングを考えて、次の御柱祭の前の年くらいがいいかなあ(5年後かよ)。

それにしても、いやあ、「妻科比売命編」には疲れました。
なので、今日のところは経過報告や身辺雑記でお茶を濁しておこうと思います。
御子神十三柱研究の経過報告なんて誰が読むんだという気もしますが、この広いネット世界、ひとりくらいは市井の諏訪信仰マニアさんが見つけてくれているのではないかと、淡い期待を抱きつつだらだらと書きます。

次回、予定では「池生神編」の予定なんですが……さて、どうするか。
実のところ、最終回予定の「意岐萩命編」を除けば、もうすでに書いてあるのです(意岐萩命編は、どう考えても最長になりそうな予感)。ただ、書いてあるといっても、それは覚書たる叩き台のそのまた前の叩き台なのであって、たとえば「妻科比売命編」だって、とっくに書いてはあったのです。それをいざアップするぞ、という段階になって再検証を始める。そしたらですね、当初の叩き台の軽く5倍か6倍か、という量になってしまったのでした。
あと、妻科神社の現地レポを入れられなかったのははなはだ不本意ですしね。今後、できるだけそのへん充実させていきたいなー、なんて思うと、さらにまた腰が重く……。

なにしろ「池生神編」は、現時点で書いてある文章だけで、すでに、公開した「妻科比売命編」に迫る量なんですよ。やあ、ホントにどうしたものかと。

そんなこんなしてるうちに、すでに「建御名方彦神別命編」と「出早雄命編」の加筆訂正をしたくなってきています。まあブログならではの表現として、過去の未熟さをも含めた思考過程を晒すのも一興なので、ひと通り終わってから新に別項を設けて補遺編を書くのが筋ってものでしょうか。

あとは……そうですね、「八杵命」が難しいです。ぼちぼちフィールドワークなんか進めてますが、最低もう一箇所は行かないと。下手すると八ヶ岳にも登らなきゃならなくなります。まあそこまではしませんが。
「片倉辺命」も情報が少なくて困ります。拠点が過疎ってる神様は、やっぱり生き永らえるのが難しいようで。この神様を主神として祀っている神社は、おそらくもうひとつも存在してないんじゃないかと思います。
いっぽう「須波若彦」は、書いてて自分で非常に盛り上がってます。かなーり面白い仮説が出てくると思うんで、お楽しみに。
「蓼科神」がねー、相当調べたんだけど、まだ煮え切らない。いっそ、某神社の神主さんに話を聞きにいこうかと思案しているところです。あと、やっぱ八ヶ岳にも登らなきゃならんかなー。まあそこまでしませんが。

ところで、あのー、大相撲問題とか、どうなんでしょう?
唐突なうえ、タイミング外しまくりですみません。
でもなんか、靖国問題にも通じるいやらしさを世間様とマスコミから感じてしまって、妙に落ち着かないんですよね。大相撲を「国技」と呼ぶのと、靖国神社を「日本人の心だ」と言い切るのは、同じ出所の欺瞞なんじゃないかと。

しかし、こういうこと書くと右寄りの人が怒るってのがどうにも納得いかなくてね。私は日本の古信仰や、古信仰以降に生じた日本固有の千年来の信仰の形を心から愛しています。信仰しているといえるのかどうかは別として(自称アニミスト)。なのにね、なーんで近代にたかだか百年しか続かなかった、日本史上異例中の異例である極めて畸形的な信仰形態を悪くいうだけで左扱いされなきゃならんのかと。まったく納得がいきませんな。私のほうがずっと日本好きだし日本の神様のこと勉強してると思うんですけど。
あ、ちなみに「国学」のことは相当に嫌いです(笑)。そこんとこは、ちょっと私情入ってること否定できませんね。ごめんなさい。

話戻すと、興行専門職と(所謂)ヤクザさんとの結びつきってものをね、見て見ぬフリをするのはまあいいですよ。でも、堂々と歴史を無視して正論ヅラで攻撃するってのもどうなんでしょう。無知かつ無教養な外野どもの良識ほど怖いものはないです。そういうお前らの薄っぺらい精神性と良識こそが軍国主義のダイナモだったんだ、ってことを自覚してほしいものです。当事者のおエライさんたちなんかは確信犯でしょうからまた別の話ですが。

そういえば、私が昔在籍していたとある会社では、毎年プロ野球トトカルチョやってました。私も喜んで参加してました。もちろん、ささやかなものです。ひとりが千円とか二千円とか出して、全部でまあン万円くらいになって、それを勝者が分けてもっていくと。
これ、犯罪なんですよねえ。
でもまあ、警察もそんなものは本気で検挙しませんよ。だって、誰にも迷惑かけてないし。チクられれば仕方なく重い腰を上げることもあるでしょうが、進んで捜査はしませんね。ここを許せばあそこも許さなきゃならない、だから全部ダメ的な、法律上の建前です。そういう法律上の不備とまではいわないまでも、理不尽というか、限界というか、そこは、われわれ庶民が自分の脳みそで考えてほどほどの線引きをしなきゃいけない。それだけのことでしょ。
たとえば教師が生徒をぶん殴るのだって、未成年が酒をたしなむのだって、そういうほどほどの線引きで成り立っているべきだった。それが本来「大人」ってもんだったはずでしょう。自分自身の脳みそで考えない人こそが、「なんでも取り締まれ~!」「取り締まらないから被害にあったぞどうしてくれる~!」的な発想に行ってしまうんですね。海外旅行で日本人が狙われやすいとかってのも、そういう話なんじゃないかと。

ちなみに私は阪神ファンです。いいぞ、平野!

しかしね、NHKの大相撲中継取りやめだけは、本当に納得いかない。
あれって、熱心な相撲ファンの老人たちを嘆かせるほかになにか効果あったんでしょうか。
うちの老いた両親の規則正しい生活も乱されました。
いつだって相撲をとても楽しみにしている、しっかりボケた齢九十の父は、日々戸惑っていました。もはや生中継と録画放映の違いもよくわかりませんからね。「今日は何時に相撲あるんだ?」毎日ききます。
田舎の平和な家庭の夕餉はきっちり午後六時から。本来なら、相撲が終わってちょうどご飯の時間です。ところが、いつもの夕食が始まってまもなく、相撲ダイジェストが始まる。目の悪い父は、食卓を離れテレビに寄って見入ります。老いた母は溜息をつきます。

今回のNHKの生中継自粛は、多くはご老人である相撲を愛する人々を苦しめる以外のことはなにもしてないんですよ。
だって、相撲協会が放映権料を返上すればいいだけの話じゃないんですか? なんで、なんの罪もない相撲ファンにまで自粛を強いるのでしょう? いわゆる連帯責任ですか?
ま、だからといって、それでNHKが丸儲けじゃもちろん困ります。だったら相当分の金額を、NHKがどっかそっかに寄付すればいいだけのことじゃないですか。……まーね、警察のヤクザ対策に寄付とかというとそれはそれでとっても微妙なので、なんか関係ないところでいいですよ。

こういう建前はつまらないなー。
なんかねえ、歴史の謎を紐解くのも、歴代のエライ人たちがオロオロしながら隠そうとして、建前で覆ってしまった部分をいまさらのように掘り返して喜んでいる……という露悪的な心理が、自分の中に少しはあるのかな~、なんてことを思いました。

や、もちろん、それだけじゃありませんが!
プロフィール

LooseFrog

Author:LooseFrog
基本的に怠惰で、社会人として問題の多い中年男です。
でも、興味の対象には嬉々として食いつきます。

loosefrog★gmail.com
(@に置き換え願います)

デタラメやカン違いや不適当な素材の使用等ありましたら、ご指摘ください。
もちろん、助言や感想も歓迎いたします。

***

字が小さいとの御指摘をちょくちょくいただきます。
P盲な私がいまさら細かいところいじるとワヤになりそうなので、ブラウザの拡大機能の使用を推奨いたします。

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